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ガソリン、温暖化、2040年。

さてこれ、7月辺りに下書き保存していたものなんですが、思い立ってやはり書き上げてみることにしました。

7月に英仏両国が世界に先駆けて、「2040年までのガソリン車とディーゼル車の新規販売禁止」を打ち出したわけですが、その後ドイツと中国も追随することが明らかになりました。インドはなんと2030年までが目標だそうです。「ガソリン車のない世界」はここでほぼ確定的な未来になったと言えるでしょう。
日本は世界屈指のガソリン車大国であることと、常日頃、こういうことは世界の後手後手に回るお国柄ですので、おそらくはアメリカのトランプ政権(たぶんトランプは決断しない。)の次の政権の方向を見極めたあと、追随することになるんじゃないでしょうか。そこまでの環境にならないと国内自動車業界の反発は抑えられないし、そこまでなったら世界を市場とする自動車業界も世界的に同調するしかありません。

ガソリンや軽油などの「化石燃料」だけが温暖化の原因なのか、そもそも温暖化しているのかについては、なんら科学的なエビデンスはないわけですが、ただ、これほど急激に化石燃料が人工的に消費された時代もなかったわけで、それを抑制しようという本能的な試みは、多少西欧にありがちなヒステリックな反動政策の香りを感じないわけではありませんが、理解はできます。
実際、地球はこれまでも数千年周期で温暖化と寒冷化を繰り返していて、「極に氷床が有る」という氷河学の定義に基いて言えば、現代は未だ氷河期の最中(間氷期)であり、恐竜時代の「ジュラ紀」は今よりも平均気温で10~15度も高かったというし、地質学的にはほんのつい最近、およそ5000~6000年前の「縄文海進」の頃は1~2度高く、埼玉県では海が浦和辺りまで入り込んでいました。これらの気候に劇的な変化を与える最大の要因は火山噴火と大陸移動です。いくら人類が石油の蛇口を絞ったところで、イエローストーンが一度(ひとたび)噴けば、地球は再び1~2度の寒冷化を迎えることはおよそ自明であって、それは徒労というものかもしれません。

とは言え、2040年は割とすぐそこです。交通事故や病気にならない限り、僕らの多くは確実にまだ生きていることでしょう。高齢化のさらに進んだ20年後、年金の受給年齢も75歳に引き上げられ、65歳の僕らはまだリタイヤすることも許されず、「ガソリン車とディーゼル車の新規販売が禁止された世界」で現役として働いているはずです。
さて、「ガソリン車(以下ディーゼルは省略)のない世界」というのは、どういう世界なのか、面白半分でちょっと夢想してみましょう。

①ガソリンスタンドがなくなる。
思い切り身近なところからいきますと、未だ次世代のスタンダードは確定していませんが、仮にEVが勝者となっている場合、充電スタンドは小型で、町のあちらこちらにあり、それこそ自宅でも充電できるわけで、燃料ステーションのような場所、業種は消滅している可能性が大きい。
平成26年度のガソリンスタンドの数は、業者数で1万6429社、全国でおよそ3万3510ヶ所(資源エネルギー庁調べ)です。P7を見ると、平成7年まで一定で推移してたものが、翌8年度から減少の一途を辿っています。これがゼロになるわけですね。これらの業者の資金、土地、従業員が今後20年間でじわじわと放出されます。ガソリンスタンドは給油以外にもタイヤ交換などのサービスを行っているわけですが、それらのサービスはEV車でも必要になるでしょうから、その商売も外に出てきますね。オートバックスのようなところがさらに拾いに行くとは思いますが、違った視点の「EV関連サービス業」が勃興しているのかもしれません。
20年間で1万6000社が消滅するというのは、なかなかすごい変革です。信じられないようですが、切符切りの駅員さんや、街角の公衆電話もあっという間に消えてしまいました。僕も初めてやったアルバイトはガソリンスタンドでしたが、「っしゃっせー!ハイオク満タン入りまーす!」なんてノスタルジーをそそる言葉になるんでしょうね。

②ガソリン(重質ナフサ)が余る。
自動車用のガソリンと軽油の蛇口を締めたところで、航空機燃料や重油、プラスチック、化学品など石油の持つ多くの用途も同時に対策しなければ、石油の採掘は止まりません。ガソリンだけを規制すれば、ガソリンだけが余ります。
石油中の平均的なガソリンの製品収率はおよそ26%程度と言われているようですが、このうちの大きな用途を占めるガソリンの需要が消失するとなれば、ナフサから生成される他の製品の多くは大きく価格を下げるでしょう。また技術革新によって重質ナフサから軽質ナフサへの転用などが進めば、プラスチック製品含む多くの分野で価格低下が波及しているかもしれません。
ただ「温暖化」勢は今後、他の石油製品への締め付けも厳しくしていくことでしょうから、例えば下の図を見ると、LPガスや灯油の用途については現在においても既に代替可能であり、発電分野においても、20-30年後に常温核融合が実用化されているとすると、最終的には「石油全くいらない」という世界になるかもしれません。そうなると逆に石油自体の供給が細り、ナフサ価格も希少性から「上がる」ことになるかもしれません。プラスチック製品の大きな利点は「安さ」ですが、数十年後は高機能で高価格なエンプラなどを残して、「(安い)プラスチックがない」世界になっているのかもしれませんね。


(出典:石油情報センター

③国家間の格差が広がる。


(出典:グローバルノート

上の表は世界の産油国リストですが、これを見ると分かる通り、アメリカと中国以外は、石油資源に国家収入の多くを依存する後進国ばかりです。逆に言うと、20世紀に突如として現れた「石油」という富の分配システムが、先進諸国と後進諸国の富を平準化してきたとも言えるわけで、それが機能しなくなれば、富の偏在が再び進むことを意味します。
ガソリン拒否を打ち出した英仏独の真の思惑はこの辺にあるのではないかとも勘ぐりたくなるようなシナリオですが、これまで西欧諸国に敵対もしくは反発してきた勢力の多くが、収入を絶たれ、貧して鈍することになるわけです。要するに石油が出る前の時代に戻るわけですね。

一方で、千年に一度のボーナスタイムに、石油に代わる産業を育成しえなかったアラブは、再び不毛の砂漠になっているのかもしれません。やはり泡銭(あぶくぜに)は身につかないということでしょうか。王族など一部の富裕層の蓄えた金融資産は莫大であるものの、身を粉にして働いたことのないお大尽気質は、そう簡単には変えられず、その消尽も早いものと予想します。アラブ資本は石油という収入を失ったまま、徐々に細っていくことでしょう。
アラブという上客を失った世界の兵器産業は、次にどこを顧客とするのか。サウジアラビアの停滞と同時にイスラムの中心がトルコに戻れば、イスラム世界は世俗化して、また世界の仲間入りができるようになるかもしれませんが、貧困と不毛の宗教に先鋭化すれば、世界はもっと分断される。分断された世界で、アラブが中世的な部族社会と慣習を残していたとしても、石油さえなければ、欧米は中国におけるチベットなどと同様、それに積極的に干渉することはないでしょう。干渉しないことで、キリスト教xイスラム教の遺恨も薄まっていくのではないでしょうか。「石油がなければ世界は平和」というのも1つの真理なのかもしれません。

とまあ、だんだん取り留めもなくなってきたのでやめますが(笑)「ガソリン車禁止」というニュースはそれくらいインパクトがあって、「石油がなくなる世界」というのは、それくらい今と大きく変わった世界になっている可能性があるということです。20年後、つまり第2次大戦から100年経って、漸く次の世紀がやってくるという感じでしょうか。
石油輸入大国であった日本にとって、これは大きなチャンスです。自動車関連産業のEV化や核融合関連の技術開発をしっかり後押しして、「石油後」の世界でも地歩を築ければ、現在の貿易収支から言っても、莫大な国債残高と超高齢化社会の社会保障費もなんとかなるくらいの利潤と繁栄を謳歌できる時代が来るかもしれません。

乗るしかない。このビッグウェーブに。

かしこ。

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