プロフィール

後之先プロフィール1

 

ビザイン株式会社代表取締役

1971年 東京都生まれ。
1996年 明治大学経営学部卒業。蝶理株式会社入社。
2001年 豪州・メルボルン遊学。
2002年 長瀬産業株式会社入社。
2006年 明治大学大学院グローバルビジネス研究科修了。英国・ロンドン遊学。
2007年 ビザイン株式会社設立、代表取締役就任。

今でこそ、世界飛び回り、「地球小っさw」と嘘ぶく僕ですが、蝶理にいた頃は、英語はからっきしダメでした。ほんと、大げさでなく「This is a pen.」の荒井の注さんレベル。その中で「やっぱり英語やらなくちゃ!」と思ったエピソードが1つあります。蝶理では最後の2年で「コーンシューマ事業部」というセクションに行かせてもらって、カナダ産のペットフードを開発輸入するという仕事をしていた頃の話です。

その時の取引先であったL.B.PRODUCTSという会社は、カナダと言ってもケベック州にあって、ケベックは公用語がフレンチなのですね。輸入仕入の先輩のお手伝いがてら、L.B.の彼らが営業で来日するのでアテンドするということで、一緒にメシを食いに行きました。
内容もよく分からない会話を、隣りで流暢にやりとりする先輩を横目に、一人モクモクと、いやモグモグと食べていたのですが、ふと、L.B.のバーナードさんが僕に向かって声を掛けてくれました。

「佐藤さんは、おとなしい人ですね^^」

!Σ( ̄□ ̄;) 。。。これはちょっと衝撃的でした。というのも、生まれてこの方、通信簿にはいつも「落ち着きがない」と書かれ続け、人からうるさいと言われたことはあっても、「寡黙な人」なんて言われたことは、一度もありません。その僕に向かって、「おとなしい人…だと?」と。
もちろん、当時の取引関係からすれば、こちらがお客さんですから、向こうとしても、隣りで会話に入りもせずに、一人モクモク、いやモグモグしてる若い男の子に、ちょっと気を使ってくれて、会話を振ってみただけだったんだと思います。でもこの時僕は、「英語が」話せないだけなのに、「コミュニケーションが」できない人と受け取られてしまうという、当たり前のことに気がついたのです。

それからというもの、急速に英語熱が高まった僕は、他にも小さなきっかけはあったように思いますが、蝶理を辞めて、ちょうど30才の誕生日に、オーストラリアへと旅立つことになりました。
当時の具体的な勉強方法は、後日ブログで触れることもあるかもしれませんが、1つ言えることは、「3カ月あれば、人はとりあえずペラになれる!」ということです。事実、僕は「This is a pen.」で出発した3カ月後に、「英語がしゃべれる人」として帰国し、次の長瀬産業では「英語が話せる人」として、すっかり輸入仕入を担当していたのです。今でもあそこからそれほど上達しているとは思えません。

「インターネット」以降、英語は「世界語」になってしまいました。会話人口は「中国語が世界一」なんていう人もいますが、もはや「地球語」は英語でほぼ確定です。ドイツ人も、ロシア人も、中国人も、カナダのケベックの人も、みんな学校で習って、英語を話します。
そこには、とりあえず世界中の人がコミュニケーションできるインターナショナルな「English」があって、それはとてもシンプルで、スタンダードな英語です。コックニーも、BBCのRPも、アメリカの西海岸訛りも、オーストラリアのオージー訛りも、1つのローカルな「English」でしかないと言ってもいいかもしれません。もちろん、僕たちの得意なJapanese Englihsも。

えーと。。。

なんか英語のブログのような書き出しになってしまいましたが、別に、英語に関係するブログじゃないんで。

2010年9月25日
佐藤祐太

 

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