久しぶりに京都に行く機会ができたので、前々から一度行ってみたかった西陣の「蝶理発祥の地」に行ってきました。以前、少し触れたことがありますが、蝶理は幕末の文久元年、1861年に、京都は西陣の地で生糸問屋として創業された「大橋商店」を源流とします。
文久元年といえば、この翌年の2月に坂下門外の変と生麦事件が起こり、翌々年が長州の下関砲撃事件、薩英戦争、生野の変と、幕末の改革の機運がいよいよきな臭くなってくる間近という時代。この年、北米では南北戦争が起こり、リンカーンが大統領に就任します。
大橋商店は生糸を扱う商いから、繭を作る「蛾」を嫌って「蝶」と言い換え、屋号を「蝶屋」としていました。この地区が西陣への生糸の供給基地として、糸商が多く集積した「糸屋町」と呼ばれていた頃、この建家の入口にも丸に大きく「蝶」と書かれた暖簾がかかっていたそうです。
梅酒の「チョーヤ」さんもそうですが、当時「蝶屋」を号する店舗も多かったことから、大橋商店店主の名跡である「理一郎」と絡めて、昭和8年、「蝶理商店」と名を改めた。というのが蝶理の名前の由来です。社名はその後、昭和18年に「蝶理合名会社」、同23年に「蝶理株式会社」となって今に至ります。
さて、蝶理の歴史はこれくらいとして、この建家を目にして思ったことは「まだこんな(歴史的な)建物がそのまま残ってるのか」という驚き。現在は京都市の文化財にも指定されていて、保存に対する助成金も出ている一方で、改築等は制限されているとのことでした。
次に思ったのは「なぜここが他人の所有となっている(現状を蝶理が放置している)のか」という疑問。「創業の地」は企業にとって「聖地」であるはず。現在はタイトルにもした京料理の老舗「萬重(まんしげ)」さんの所有となり、倉庫として使われています。
創業の地をいつ手放すことになったのかは定かではありませんが、三度の倒産級とも言える経営危機を乗り越えた蝶理ですから、どこかで泣く泣く処分せざるを得なかった状況があったのでしょう。近年では最終利益も53>33>24億円と捻出できいるようですから、町屋一軒買えないというわけではなさそうです。
実は既に内部は改装されていて、中は萬重さんのお道具(季節によって使っていないお皿など)が満載の倉庫になっています。もし蝶理が所有できていたとしたら、「御主人」と呼ばれた理一郎さんの机や、店員さんたちが寝泊りしていた部屋などと共に、「丸に蝶」とした暖簾なども残していたかもしれませんね。
「そんな古い机や暖簾のために何億も払えるかいな」と言うかもしれませんが、不動産購入はなにもコストではなく、BS上の科目が動くだけですから、「金詰まり」という状況でもない現在の蝶理であれば、実に有意義な「金の寝かせ方」と言えるんじゃないでしょうか。
もともと、商社という業態は原料や材料を主に扱っていて、最終製品の取り扱いに疎いことから、ブランドやその重要性を認識していない傾向が強くあるものですが、オーナー一族なきサラリーマン経営者による集団指導体制を取らざるを得ない企業にとっては、社員の忠誠心や求心力を高める施策としての「聖地奪還」は、カネに変えられない価値があると思います。
会社やブランドに対する忠誠心や帰属意識、つまりマーケティング的な意味で言う「ロイヤリティ」が、宗教における「信仰」に近いというレポートを書いたのは、遥か昔のことですが、宗教を形成する大きな要素は教義、教団、儀礼、そして施設としての「聖地」です。人は神に祈っているようでいて、実は壮麗な神殿や寺院建築のような、演出としての舞台装置に酔っているだけ、というようなところがあります。
やはり目に見える対象がないと、信仰心をつなぎ止めるのは難しいということなんでしょうが、逆を言えば目に見える対象を与えれば、信仰心はより強くつなぎ止められるわけで、新興宗教の各派が壮大な施設を作りたがるのもうなづけます。
もちろん、これまで維持してきてくれた萬重さんに対する恩義はありますから、「カネがないから買ってくれ」、「カネができたから売ってくれ」は筋が通りません。もし将来、買い戻すつもりがあるなら、今から京都市の助成金と同等かそれ以上の「維持費」を負担するというのは一案です。その上で、「万が一、ここを処分する時が来たら、うちに譲ってください」とするのが節度ある商人の有り様というものでしょう。
そもそも日本では、太平洋戦争から高度成長時代の間に、多くの企業が創業の聖地を失いましたから、この建家が残っているということ自体、京都という土地柄を考慮しても奇跡に近いと思うわけです。歴史の浅い北米のアップルやHPが創業のガレージを保存して、歴史を大切にしているのとは対照的ですね。
お聞きしたところ、今でも80-90となった京都支店のOBたちがたまに集まったりしているそうですが、それ以外にも、例えば毎月の役員会議を萬重さんでやったり、新入社員を集めて、「あの格子は糸屋格子(いとやごうし)言うてな、生糸の色合いや具合を透かしてみるにいい加減の光が差し込むように作られてるんやで」なんて話して聴かせるのもいいかもしれません。
ということで、蝶理の人も、萬重さんに行ったことある人間は多くないと思うので、参考として画像をいくつか置いておきますね。
京料理 萬重(まんしげ)
こちらのHPはフルフラッシュになっているのでiphoneまたは携帯は携帯用サイトからどうぞ。
お弁当4000円は泣けた;;
終わり。