ブログ始めました。

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ええ、以前からブログとか書いてみたいな、とは思っていたんです。
でも、匿名で適当なことを書いてもイマサラという感じですし、
完全にプライベートな日記、という意味ではミクシィとかもありますしね。
どうせやるなら、ビザインの代表としてと言うか、会社として、と言いますか、
とにかくそういうオフィシャルなモノ、を、一度やってみたいと思ってたんです。

はじめまして、佐藤祐太と申します。

でも、自分の名前で、世間に自分の考えを晒け出すというスタンスですと、
当然いろいろな制約が出てきますよね。
政治や宗教、国籍や人種、性別や性癖、etc…
特に、僕のように商売をやっている人間からしますと、言えること言えないこと、
言った方がいいこと、言わない方がいいこと、
言わなければいけないこと、言ってはいけないこと、etc…
むしろオフィシャルに本音を言っていい場面って、ほとんどないんじゃないかな。
なんて思ってるうちに、早3年半が過ぎてしまっていた、というわけです。

先日、学校の後輩と言いますか、社会では先輩にあたる方ですが、
あるコミュニケーション系コンサルタントをやってらっしゃる方とお話する機会がありまして、
僕のやってる事業の内容や、4月から「アウトレット」という位置づけで、
ネットショップをオープンしたんですが、少し見てもらいました。
そこで、「ストーリーが伝わってこない。」という趣旨のことを言われたんですね。
ZACKについてのこと。
ビザインについてのこと。
ZACKとビザインの関係。
ビザインをやってる佐藤祐太という人間について。

その方は、その商品の良さを伝えて伝えて、
伝え尽くして、継続購入してもらうというスタイルで急成長した、
あるハチミツを売ってる会社のご出身でしたので、
特にそういう「伝えること」の大切さについて、強い意義を感じてらっしゃるようでしたが、
僕も大いに納得できる部分がありました。
そこで、前から思っていた「やりたかったこと」と、「やった方がいいこと」が、
合致したわけですね。

そうだ、ブログを書こう。と。

でも、いまさら「○○で××する社長のブログ」みたいなありきたりなタイトルで、
「今日□□とメシ食ったよ。」みたいな、ありきたりなコトを書いても、
これまた面白味がありません。

あ。

「○○で××する社長のブログ」みたいなタイトルで、
「今日□□とメシ食ったよ。」みたいなブログを書いている社長さんがいらっしゃいましたら、
どうもすみません。謝罪します。賠償はしません。
制約あるなー。(笑)
でも、ちょっと勇気を出して、その先を書くことで、差異性とかオリジナリティみたいなモノが、
生まれてくるんだと信じてます。

人を安易に傷つけたりしない範囲で、謝りながらも、言いたいことを言い放つという、
ちょっとエッジの効いたブログにしていければ、と思います。
これから、どうぞよろしく、お願い申し上げます。┏〇

 


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プロフィール

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後之先プロフィール1

 

ビザイン株式会社代表取締役

1971年 東京都生まれ。
1996年 明治大学経営学部卒業。蝶理株式会社入社。
2001年 豪州・メルボルン遊学。
2002年 長瀬産業株式会社入社。
2006年 明治大学大学院グローバルビジネス研究科修了。英国・ロンドン遊学。
2007年 ビザイン株式会社設立、代表取締役就任。

今でこそ、世界飛び回り、「地球小っさw」と嘘ぶく僕ですが、蝶理にいた頃は、英語はからっきしダメでした。ほんと、大げさでなく「This is a pen.」の荒井の注さんレベル。その中で「やっぱり英語やらなくちゃ!」と思ったエピソードが1つあります。蝶理では最後の2年で「コーンシューマ事業部」というセクションに行かせてもらって、カナダ産のペットフードを開発輸入するという仕事をしていた頃の話です。

その時の取引先であったL.B.PRODUCTSという会社は、カナダと言ってもケベック州にあって、ケベックは公用語がフレンチなのですね。輸入仕入の先輩のお手伝いがてら、L.B.の彼らが営業で来日するのでアテンドするということで、一緒にメシを食いに行きました。
内容もよく分からない会話を、隣りで流暢にやりとりする先輩を横目に、一人モクモクと、いやモグモグと食べていたのですが、ふと、L.B.のバーナードさんが僕に向かって声を掛けてくれました。

「佐藤さんは、おとなしい人ですね^^」

!Σ( ̄□ ̄;) 。。。これはちょっと衝撃的でした。というのも、生まれてこの方、通信簿にはいつも「落ち着きがない」と書かれ続け、人からうるさいと言われたことはあっても、「寡黙な人」なんて言われたことは、一度もありません。その僕に向かって、「おとなしい人…だと?」と。
もちろん、当時の取引関係からすれば、こちらがお客さんですから、向こうとしても、隣りで会話に入りもせずに、一人モクモク、いやモグモグしてる若い男の子に、ちょっと気を使ってくれて、会話を振ってみただけだったんだと思います。でもこの時僕は、「英語が」話せないだけなのに、「コミュニケーションが」できない人と受け取られてしまうという、当たり前のことに気がついたのです。

それからというもの、急速に英語熱が高まった僕は、他にも小さなきっかけはあったように思いますが、蝶理を辞めて、ちょうど30才の誕生日に、オーストラリアへと旅立つことになりました。
当時の具体的な勉強方法は、後日ブログで触れることもあるかもしれませんが、1つ言えることは、「3カ月あれば、人はとりあえずペラになれる!」ということです。事実、僕は「This is a pen.」で出発した3カ月後に、「英語がしゃべれる人」として帰国し、次の長瀬産業では「英語が話せる人」として、すっかり輸入仕入を担当していたのです。今でもあそこからそれほど上達しているとは思えません。

「インターネット」以降、英語は「世界語」になってしまいました。会話人口は「中国語が世界一」なんていう人もいますが、もはや「地球語」は英語でほぼ確定です。ドイツ人も、ロシア人も、中国人も、カナダのケベックの人も、みんな学校で習って、英語を話します。
そこには、とりあえず世界中の人がコミュニケーションできるインターナショナルな「English」があって、それはとてもシンプルで、スタンダードな英語です。コックニーも、BBCのRPも、アメリカの西海岸訛りも、オーストラリアのオージー訛りも、1つのローカルな「English」でしかないと言ってもいいかもしれません。もちろん、僕たちの得意なJapanese Englihsも。

えーと。。。

なんか英語のブログのような書き出しになってしまいましたが、別に、英語に関係するブログじゃないんで。

2010年9月25日
佐藤祐太

 


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