Category Archives: SHINSAI

311からの一期一会。

  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

remember 311

今年も311が無事に(?)通り過ぎていきました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。年々、あの当時の危機感も薄らいで行くのは、辛い記憶を残さないという人間の本能の為せる業なのでしょうが、それをリマインドせんとするブログや動画などもたくさん上がっていましたね。
来たる関東大震災に備えて、僕もペットボトルに水を汲んでおいたり、缶詰や電池なんかもある程度備蓄するようにしているんですが、それもこれも生き残ったればこそ。311ではあの津波で、先の大震災では火災で多くの人が命を落としたのは、ご存じのことと思います。

311は、死亡者・行方不明者が1万8000人という大きな災害となったわけですが、その被災地の中心は、こう言ってはなんですが、東北の海沿いの、これといった産業もなく、日本でも特に過疎の進んだ地域、つまり人が少なくて困っていた地域です。それで1万8000人。
今、次なる大地震が懸念されている関東、東海、南海辺りのメガロポリスとは比べようもありません。人口比と密集比から言って、おそらく桁が違う人が死ぬでしょう。ゼロ1つ付けても18万。一昨年、内閣府の発表した「南海トラフ地震」の予想死亡者数はなんと32万人。ゼロ付けてさらに倍。

話を関東に絞りましょう。もちろん地震がどこで起こるのか、沖で起こって津波が来るのか、立川断層辺りがずれるのか、富士山が噴火するのか、震度7強なのか8弱なのか、いろんなパターンによって被害の大きさも変わってくるわけですが、過去、関東大震災では死者10万人という実績があります。
この都道府県別人口一覧を見ると、関西で死者32万なら首都圏ではその倍、いや3倍くらい行くかもしれません。3倍で約100万。最悪の状況が重なった場合、最大値として100万人くらい死ぬ可能性もあるということです。もちろん平均的に100万人死ぬわけじゃなく、海側で起これば湾岸地域に被害は集中するでしょうし、火災が大きく下町地域にということもあるでしょう。両方ということもありますが。

なにが言いたいかというと、それだけの数の人が死ぬっていうことは、今いる友人や知人のうち、誰かしら死んじゃってるかもしれないよね、っていうことです。もちろん自分かもしれないし、家族の誰かかもしれません。311以降、急速に進んだ研究では、ごく近い将来、関東や東海、南海の地震は必ず来る。多くの人が亡くなる。これは確定的な未来であるわけです。
もちろんいつ起こるかは分かりません。生きてる間はこないかもしれないし、逆に言えば明日来るかもしれない。そう考えると、今週の飲み会であいつらと会うのが、実は最後かもしれないな。来週実家に帰るけど、それが最後かもしれないな、という気になってきませんか?

「死」というのは、たいてい突然やってきます。事故はもちろん、病気であってもそうです。「余命○○」と言われていたって、日に日に衰弱していく父を見て、そろそろやばいかなと思っていたって、それがまさか今日だとは、まさか1時間後だとは思ってないわけです。いわんや地震や噴火をや。
そう考えると、別に地震に限らず、交通事故とかもそうですが、死という別れは突然来る。大震災が来るとその確率がぐっと上がるという意味で、やっぱり一期一会。今日という日は二度とないわけですから、一日一日を大切に、友達とか家族を大事にしつつ、悔いのないように、思い切り生きて行こうという気にもなるじゃありませんか。

まとめ

地震は必ず来る。
かなりの人が死んでしまう。
一期一会。

以上、よろしくお願いします。


  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

今年も一年、ありがとうございました。

  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

新宿の雀荘「ZOO新宿店」

 会社を始めようとしていた頃、事業をされてるとある先輩から「会社をやるなら株と賭け事はやっちゃいかんよ。」と言われたのを真に受けて、以来、株も麻雀もやめたんですが、毎年の年末か年始にこのメンツで囲む卓だけは、行く年の総括と来る年の吉凶を占う神事みたいなものなので、別腹ということにしています。
みんな蝶理時代の仲間で、今は誰も蝶理には残ってないんですが、僕とは違って会計の道に進んで、いまは会計士や税理士として、監査法人や企業に勤めてる連中です。業界も自動車メーカーだったり、航空会社だったりするので、お互いに全く違う文化圏の話は興味深く、近況報告も兼ねて結構盛り上がります。

僕自身の会計的な知識は、大学2年の簿記論Ⅱくらいでほぼ止まったままなので(笑) 日頃、仕訳的なことから税務、法務的なこと、これちょっと税理士さんには聞きづらいなあみたいなことまで、気軽に教えてくれるありがたい存在。
この日も麻雀はそこそこに、ビザインの今後の方向性や新規顧客へのアクセス方法など、真剣にいろいろとアイデアを出してくれたりして、それがとてもフラットでニュートラルなところから出てくるものですから、気づかされることも多いし、こうして損得なしで付き合ってくれる、昔の仲間に感謝すると同時に、親しき仲にもなんとやら。世話になるばかりでは立つ瀬がありません。早く恩返しができるようがんばらねばという決意を新たにしました。

去年は仲間の同期を1人、病気で亡くして、麻雀はやめてその墓参りに行ってきたんですが、1年ぶりに集まったみんなは、「他者の死を以て己の生を知る」ものなのか、人生観というか死生観というか、そういうものも結構大きく変わったようで、次なるステップへの展望や、はたまた独立への計画なんかも聞くことができました。
これはビザインにとっても楽しみな展開で、友達とはいえ、やはり一部上場みたいな大手に勤めていれば、一緒に仕事をしようにも、口座がどうとか稟議がどうとか、そう簡単には行かないわけですが、それぞれが意思決定者であるオーナー同士であれば、「一緒にやろうぜ」「おう」でコトが済むわけです。畑が全く違ってる所もいい。

 みんながそういう気分になってくれたのはとても嬉しいことですが、去年は何と言っても震災があったので、日本全体がそういう部分で目覚めたようなところがありますよね。あれ?どうせ死ぬ時は死ぬんだから、生きてる間は思い切り生きなければならない。「方がいい」じゃなくて「ねばならない」ってレベルで思います。
志半ばで死んだやつにもやりたいことはまだまだあったはず。彼らはそれを断念せざるを得なかった、チャレンジしたくてももう、永遠にできないわけです。それがまだまだやれる環境にある僕らが、鼻クソほじってゴロゴロしていたら、「おめーそんなとこでサボってんじゃねーw」という声が天国から聞こえてきそうです。

 ただ、悲しみを時間が押し流してくれるように、こういう緊張感や決意も、時間とともに緩みがちです。自粛から経済の停滞が心配されるほどに打ちひしがれていた状況も、1年過ぎて、テレビではまた相変わらずお笑い芸人がどーーーでもいいことを、ただダラダラと垂れ流す日々。いや、笑うことはいいことなんだけどさ。
ということで、きっともう、忙しい日常の中で忘れかけているであろう、あの日の緊張感や決意を思い出すために、またこれ、置いておきますね。これからも、ソースがなくなってもどっかから掘り出してきて、毎年置いていくつもりです。自分のためにも。
今年も1年、ありがとうございました。来年もよろしくお願い申し上げます。

佐藤祐太

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年の記事
今年も一年、ありがとうございました。

 


  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

震災のガレキは誰のものか。

  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

震災のガレキ(宮城県石巻市女川町)

総量2000万トンと言われる震災のガレキが諸処で問題になっています。発泡スチロールのような軽い物は既に、震災から数カ月後にはもう、北米の太平洋沿岸に漂着していたわけですが、震災ガレキの漂流状況を専門に注視するNGOによると、自動車など重量の重い漂流物などは、今なおハワイ辺りを中心とする太平洋中央部を漂っていて、ここから2-3年の間に、次々と北米の太平洋沿岸に漂着し始めるようになるだろうということでした。

今年、カナダのとある町の砂浜に漂着したのは全長10m以上もあろうかという青森県三沢市から来た艀(はしけ)で、解体費用はおよそ800万円。町の年間の海岸清掃費用を使い切ってしまうそうです。  
日本国内でも、震災ガレキの受け入れを巡って、東京や川崎、横浜、大阪、福岡などの自治体と住民の間で、もめにもめているわけですが、そもそもこの瓦礫、いや自然災害によって生まれたゴミって誰のものなのか。東北で起こったから東北だけのモノなのか。日本全体のモノ?世界で共有すべきモノ? 土地や財産の「所有権」という言葉と比べて、責務の方、「ゴミの所有責」みたいな言葉はあまり聞いたことがありません。

人類の「有用」なモノに対しての所有欲を分配・管理する制度に比べて、「不要」なモノを分配・管理するシステムは、あまりにも日が浅く、未熟です。それはきっと、モノが溢れるようになってまだ100年くらいしか経っていないから。
確かにカナダの小さな港町が、年間予算を使い切ってまで日本からの「ゴミ」を処理するというのは、聞いていても申し訳ない。800万?うん、出してあげましょうよで済むかもしれません。日本はまだまだ世界的には金余りの国です。でもインドネシアの津波のゴミは?毎年のように中国や韓国から山陰地方に流れ着くゴミは?衛星軌道上に散らばるスペースデブリの問題は? そもそも日本というか東電が、太平洋に垂れ流し続ける放射能汚染水の被害額まで請求されたとしたら、日本は破産というか、日本人はきっと、未来永劫、世界の労働奴隷となるしかありません。

原発はコストが安いとか、原発利権勢力に扇動されている人はここを良く考えて欲しい。東電の原子力発電事業は、1兆円規模の血税の注入なしには継続できないという体たらくで、既に破綻しているのです。どこが火力や太陽光より安いものか。
さて、現実的なところでこの瓦礫。確かに放射能汚染が心配されるような大量のゴミは、自分の家に近くに来るのは嫌だというのは、これは人情というもの。「嫌われ者施設の扱い」という意味では、沖縄の米軍基地の例をあげるまでもなく、現在の日本政府は「個人の利害」を調整し、「公共の利益を確保する」という当たり前のことが全くできていないわけですが、あのままいつまでも置いておくわけにも行きません。そこで、、、

仙台の沖合に、それこそ「夢の島」じゃないけど、埋め立て地でも作ったらどうなんですかね。調べてみたら、浦安の市長さんが「焼却した灰で、浦安に埋め立て地の公園を造る」など提案してるみたいですが、そこまで金を手間をかけてどうするのか。なにも千葉まで持っていく必要もないでしょう。ちゃっちゃと仙台辺りの沖合に埋めてっちゃえばいいと思うんです。
こまかな利害調整とかはそりゃ山ほど出てくるでしょうけど、身内や知り合いの命を失った記憶の残る瓦礫を、1年も2年も被災地にそのまま放置しておくほどの大きな問題って、なにかありますかね。

宮城県の沖合100kmとかに人口の震災瓦礫埋め立て島でも作って、どうしても原子力発電したいって人たちは、その瓦礫の上でやったらいい。彼らの最終手段、「海水注入」もきっと、ヘリコプターで水かけるよりは簡単なはずです。 本来は、こういう時こそ「剛腕」と言わるようなタイプの政治家がゴリゴリやってくれればいいんですが、これまでこの国で「剛腕」の名を恣にしてきた小沢氏ですら放射能から逃げ回ってたということなので、もう日本男児オワタ\(^o^)/ 
平成の日本人は昭和の成功体験に引きずられてるのか知りませんが、なにか必要以上にきちっとし過ぎじゃないと行けなくなってる気がするんですよ。時にはエイヤーで、トライ&エラーで、とりあえずやってみることも必要ですよ。

また有権者や消費者もミスや失敗に対しての寛容さがなさすぎるところがあります。 もちろん、今の民主党政権のように、取り返しがつかなくなることが自明なミスを、今からやろうするのを止めるのは当然ですが、菅元首相も、情けなかったけど、結果うまくできなかったけど、やはり日本人が未体験のことを、リーダーとして必死でやっていた部分もある。
元首相が処刑されたり、自殺したりしなければならない国もありますが、そこは、日本人はやはり、是々非々で評価しなければならない部分もあると思います。次に重役を担う人材のためにもね。

ただ話し合ってばかりで、金と時間をかけ過ぎるだけの「過ぎちゃん」じゃ、ワイルドじゃねえぜ~?と思った方は、下のボタンをポチしていってください^^

 


  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •