Category Archives: FRIEND

人生のダイス。

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ZACK 20102 CONTAS Coaster

地球のみなさん、明けましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。年始のご挨拶が大変遅くなってしまいました。恙(つつが)無くお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。この「恙無く」というのは、「ツツガムシ」という一種のダニがいなくて平穏だ、というのが語源になっているという定説は誤りだそうで、逆に「恙(ツツガ=災難)がない」が、「ツツガムシ」の語源になっているそうですね。いやはや、Wikipediaは勉強になります。

さて、年明けからなにかブログに書くことなどはないかと、常々思ってはいたのですが、そう大上段に構えたところで、人さまを唸らせるようなネタなんてものは、そうそう出てくるものではありません。ないな、ないなと思いながらも、年末しそびれた部屋の掃除などしていましたところ、実に思い出深いサイコロが1つコロンと、引き出しの奥からコロンと出てきました。コロンと。シルバーに輝くいぶし銀のトレイはZACKの20102 CONTASコースター。はい、もちろん宣伝です。

この古ぼけたサイコロ、英語でダイスと言いますが、これはボクがオーストラリアはメルボルンに遊びに行っていた折に、同じフラット(アパート)に住んでいた連中が、ボクが日本に帰国するということで、ささやかな食事会をしてくれた時に、当時同居していたユーゴスラビア人のおばさんから、旅の記念にともらったものでして、ボクの短い人生の中でも、とてもありがたくも印象深い、記憶に残っているプレゼントの1つとなっています。

メルボルン遊学当時のシェアメイトたち。

みんな勝手に写真使っちゃってごめんね。もう連絡先も分からないから。。。少し遠い記憶なのでうろ覚えな部分もあるかもしれませんが、話をかいつまんで書きますと、このおばさんはユーゴスラビアでジプシーの子として生まれて、若くしてイギリスに渡り、そこで結婚して二人の女の子を授かり、その後、ご主人と別れてアメリカに渡り、さらにはオーストラリアへとたどり着いたというような旅路だったそうで、「今も娘たちはイギリスとアメリカにいるのよ」なんて言ってましたが、まさしくジプシーのような流浪の人生を歩んできたと言えましょう。日本で生まれ育っていると、なかなか実感できませんね。

このおばさんとは、リビングでたまに一緒になった時なんかに、軽くおしゃべりするくらいの間柄だったんですが、その少ない会話の中からも、ボクが小さなことをこまごまと日本人的に気にしてみたり、あと若さゆえの小粒な感じなんかも感じ取っていたんでしょう。そのお別れの会の途中、自分の部屋からこの小さなサイコロを1つ持ってきてくれまして、「人生にはあれこれ考えたって仕方のないことがたくさんあるものよ。そんな時はサイコロでも振って決めちゃいなさい。」というようなことを言って、ボクにくれたのです。結構いい話でしょう?(笑)

日本にいると、プレゼントっていうとどうしても、値段が高かったり、キレイだったり、ブランド物だったり、とりあえず「(新品を)買って渡す」のが当たり前のような感じになってますが、外国では自分が使っているものを、人にあげたりすることがごく自然にあります。ラッピングはきれいにしてですね。でも本当はそういうプレゼントの方が、その人の気持ちやメッセージがこもっていたりして、もらった方も、とてもうれしいものだとは思うんですが、まー分かってはいても、プレゼントは相手が喜んでくれてなんぼですので、日本ではなかなかそういうことしづらいものがあります。

ユーゴスラビアからきたおばさん

なにか選択肢がある時に、もちろん「なにを選ぶか」ということも大事なんですが、それ以上にもっと大切なのは、その道を選んだ後に「どうするか」ってことだと思っています。ボクらは分かれ道の前に立つと、自分ではなにか、人生の重大な岐路に立っているかのように思えて、とかく悩んだり、迷ったりするものですが、実はどちらを選んでもそう大差なんてなくて、運や不運もありますが、その後の努力や工夫次第でどうとでも変わっていくなんてことが山ほどあります。いや、ほとんどそうなんじゃないかな。

ラーメン屋をやろうが牛丼屋をやろうが、成功する人もいれば、失敗する人もいる。ハーバードに行こうがオックスフォードに行こうが、いやもっと言えば、大学に行こうが行くまいが、友人たちに囲まれて楽しく日々を過ごす人もいれば、単位を落として侘しく中退していく人もいる。就職や結婚もそうですね。もちろんベースとしての待遇や素養がある程度同じなら、という前提はありますが、極端に言えば、どこに入ろうが誰と一緒になろうが、人生においては、実はそれほどの差なんてなくて、そんな選択よりもむしろ、入社した後、結婚した後の覚悟や身の処し方の方が、よっぽど重要だってことは、みなさんご存知の通りです。どちらに行っても大差ないなら、考え込んだり悩んだりするのは無駄というものです。よね?

ヒットエンドラーンは鳥居みゆきの持ちネタですが、ビジネス界隈ではトライ&エラーなんて言います。何十時間も会議や検討を重ねたところで、大した成果に繋がらないばかりか、むしろ足を引っ張ることにしかならないのは、日本の大企業の国際的な凋落ぶりを見れば明らかです。「案ずるより産むが易し」という言葉が示す通り、「産むより案じて」ばかりいるのが日本人が伝統的に受けついできたDNAということなのでしょう。ビザインもこれまで、潰れないように潰れないように、保守的にやってきたような気がしないでもありませんが、久しぶりにこのサイコロが出てきたのは、なにかの思し召しかもしれません。

NIKE風に言えば「Just try it !」というところでしょうか。ここからはもう少し身軽に?気軽に?いやいや、気軽じゃいけませんね。選択や検討自体はもちろん重要なプロセスです。でもそこに過分な時間や労力をかけて時機を逸するくらいなら、サイコロでも振って、とにかくやってみろよ、そろそろそういうの、チャレンジしてもいい時期だぜっていう、ジプシーの神様のお告げのような気がしてきました。(笑) ここからのビザインの「サイコロ経営」にご期待ください。なんて、久しぶりに再会したサイコロ君と、ZACKの素敵なコースターを眺めながら思った次第です。はい、もちろん宣伝です。

以上、よろしくお願いいたします。

 


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旧縁、新縁。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA

後半に入ってすっかり更新のペースが間延びしてしまいました。来年はもう少しだけ、ちゃんと書きたいと思ってます。が、アフィで食べてるプロブロガーというわけでもないのでモチベーションが、、、ね。どうしても後回しになってしまいがちです。
当初は僕の個人ブログということで、なんでもかんでも書きたいことを書けばいい、くらいに思っていたんですが、考えてみるとこの後之先は、ビザインという会社を経営する人のブログ、という位置づけをもっとはっきりさせて、絞り込んだ方がいいのかな、なんて。

実は今まで、匿名でいくつかブログを書いていたことがあります。匿名はどうでもいいっちゃなんなんですが、ある程度責任感や利害関係から解放されるところがあるので、それこそ書きたいように書けるわけですが、実名ともなるとその両者共に、重くのしかかってきます。
後之先は、特に売上のために書いてるというわけではないんですが、書いたことによって商売に悪影響が出るようでは本末転倒です。セルフブランディングではありませんが、素晴らしい経営者という虚像(笑)を構築できたらなと。って書いたら意味ないですね。でもまーそんなところ。

実は2013年は、僕にとって非常に大きなターニングポイントの1つになった、と後年振り返ってそう思えるような吉兆をいくつか感じた年になりました。つまり今年は特に変化なし(笑) でも予感がするんです。2013年でポツポツとなにかが咲き始めたような。。。
ZACKも今年は、今までよりもかなりいいペースで伸びてきました。雑貨は火がつけばかなり足が速いので、なんとかそろそろブレイクしてほしいところではありますが、力技でブレイクさせる資金力もないし、そういう時代でもないと思うので、来年も地道に一人ひとり、ファンを増やしていければな、と思っています。

 今年一番大きかった出来事は、なんと言っても20数年ぶりに中学校の同窓会をやったこと。ここ数年、持ち上がっては消えていた話が、流れでお鉢が回ってきて、雑用係をやらせてもらいました。約300人の同級生のうち、出席者100、欠席者100、連絡がつかなかった人100でざっくり1/3ずつという内訳。
自分では、比較的地元の友人たちとの付き合いが続いてる方だと思ってたんですが、こうして同級生全体を見まわしてみると、毎年会ってるようなのはほんの数名で、今回、新たに100人の旧友と再会できたのは、今後の僕の人生にとって、本当に大きな財産となりました。

「旧縁」というのは不思議なもので、20年ぶりに会っても、おっす^^ですぐ当時の関係に戻れてしまう。中学まで遡らなくても、昔一緒に悪さした遊び仲間や、麻雀ばかりしていた大学のクラスメイト、いつも一緒に残業メシを食ってた職場の同僚。人生のある一時期、例えどんな些細なことでも、共に濃密な時間を共有した仲間というは全部そういうものなのかもしれません。
僕は「縁」に対しては結構運命論者なところがあって、やはり「出会うべくして出会った」というようなものをとても感じます。そいつらに出会うためにその中学校に入ったわけでも、あいつらに出会うためにあの会社に入ったわけでもない。入ったら偶然、そこにみんながいたわけですから。きっと、神様が引き合わせてくれたのでしょう。

もちろん「旧縁」の持つ居心地の良さに安住して、そこに固執したり埋没してしまったりするような、アクティブではない、受け身の人生もつまらない。袖擦り合うだけでも、一期一会、大切にしていきたいし、新しい縁はどんどん結んでいきたい。そこで得た新縁のうちのいくつかは、やがてまた旧縁となって自分を支えてくれる。
これはきっと商売や事業にとっても同じことで、例えばタオルフック1つ、傘立て1個でも、世の中に星の数ほどある商品の中からZACKを選んでもらい、たくさんのお店の中からビザインショップに来てもらって、最終的に買っていただけた。これはもう「袖擦り理論」がピッタリ当てはまります。(笑)

もちろんこちらとしても、なるべく多くの人目に触れるよう広告を打ったり、SEOしたり、訪問してもらえたら、サイズや質感などが出来るだけ分かりやすいように説明書きしたり、いろんなアングルで写真を撮ってみたり、というできる努力はするわけですが、ひょっとしたら買おうと思ったら隣りで子供が泣いてやめたとか、もっと安いのがあったけど、1㎝合わなくてZACKにしたとか、やはり最後の1クリックというのは、タイミングやら気分やら、ロジカルに行かない部分が多分にあると思うのです。
だから、仕事としてロジカルな部分は最大限努力するのは当然として、最後はやっぱり、ご縁を大切にする気持ちとか、そういう心がとても大切になってくるんじゃないかと感じています。

来年は、ZACKとしても、ビザインとしても、佐藤祐太としても、2014年、ここで漸く飛躍を遂げたんだよねと、後から思えるように、2013年のあれはやっぱり吉兆だったよねと思えるように、仕事にプライベートに、新旧のご縁を大切にしながら、いっちょがんばりたいと思う次第です。
ビザインのお客さまも、友達のみんなも、日本中、いや世界中のみなさんが、平和で楽しく、安らかな良いお年を迎えられますように。

来年もみんな、よろしくねー!\(^o^)/

 


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結婚と空論とアカデミズムと。

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先週、かな?MBS時代の同期の一人が、今度関西に栄転するということで、久しぶりに数人で、懐かしのお茶の水のももやに集まりました。いやあ、修了してから早何年?ビザイン+1年だから7年ですか。あっという間のような、随分昔のことだったような、微妙な年月ではありますが、みんなほんのり、うっすらと老いの気配は感じさせるものの、まー全然変わってませんでした。(笑)
僕は当時、それほど「ももや派」でもなかったんですが、まーそれでも何度かは顔を出していて、あの頃はなんか、いっつも空いていたような気がするんですが、空いてたから行ってたような気がするんですが(笑)、この日は金曜日だったからか、「混んできたら2時間で」なんて、軽く盛況な感じを醸し出していました。これもアベノミクスの恩恵か。

7年経って、未だ結婚してない人、離婚と再婚を遂げた人、相変わらずおしどり夫婦を演じてる人、人それぞれの人間模様でしたが、未婚な僕も調子に乗って「夫婦ってさあw」とか、「結婚は判断力の欠如、離婚は忍耐力の欠如、再婚は記憶力の欠如。(キリッ」なんて知った風な口(クチ)を聞いておりますと、「おい、まず結婚してから言えよw」とか、「机上の空論」とか一刀両断にされるわけです。
僕は僕で、「そんなもん(結婚)してなくたって分かるわw」とか、「いや、おれの友達んちなんかはさ」とか食い下がるわけですが、そこで、ふとデジャヴのような感覚が。「これ、どっかで一度、、、やってる。」みたいな。記憶の糸をたどってみると、それはまさしくMBS時代に、アカデミズムの中で純粋培養されたような教授と、僕ら「実務家」がやりとりしていた光景でした。

一般的に「学者」という人たちは、ある社会的な事象などに対して大所高所から、客観的に分析なり研究なりして、それを実社会にフィードバックする役割を担っているわけですが、客観的だからこそ見えるモノと、客観的であるがゆえに見えないモノがある。彼らは概して比較的高い社会的地位を自認しているケースが多いためか、この「見えないモノ」に対してのコンプレックスが強い。
特に百戦錬磨のビジネスマンが集うビジネススクールなどにおいては、論文を何本も書いてる気鋭の若手講師が、「えー、近年、自動車業界ではー」と滔々と持論述べたところで、学生にデンソーの社員がいて、「先生、それ違います」と言われてしまえば、もう立つ瀬がないわけです。だから彼らは「実務家の方たちはー」等々の保険をかけながら議論する。MBSでは特に、僕ら1期生だったので、先生方も本当大変だったと思います(笑)

然しながら、本来、主観と客観というものは、どちらが正しいかというモノではなく、表裏一体、相互を補完し合うべき関係。アカデミズムの持つ客観的な知識を、実社会の持つ主観的な体験と統合し、まさしく社会としての知行合一を図らんとする動きが、昨今の「産学連携」や、まさしく社会人向けビジネススクールの隆盛につながっているのだと思います。
とは言うものの、、、(笑) 議論が白熱してくれば、「ばかやろう!こちとらもう10年この研究でメシ食ってんでい!」、「なにおう!学生相手にゃドヤ顔できてたかもしれねーが、叩き上げの俺たちにも通用すると思うなよ!」という「プライドを賭けた戦い」に陥りがちなのは、ビジネススクールに限らず、経営と現場、マーケと営業、営業と製造、etc. 企業の中でもごく普通に見かける光景と言えましょう。

翻って日常の生活や業務で考えてみると、未経験者や部外者に対する「やったこともないくせに」という気持ちって、少なからずありますよね。特に意見対立が生じた場合などには、そう思ってしまいがちだと思いますが、アカデミズムの社会的意義から考えても、主体となる我々実務家にとって、「未経験者」や「部外者」の持つ客観的視点の有用性は疑いようもありません。
自分もどちらかというと「プライドを賭けた戦い」に陥りやすい性分ではありますが、出自や知見に関わらず、他人の声に柔軟でなければいかんと。特に、これからもっともっと経験を積んで、熟練になればなるほど、(その分野における)未熟な人間からの声は入りにくくなる一方です。柔軟性や自浄能力を高めるためにも、これはとても重要な目標の1つ。

なーんてことを、焼き鳥片手に、ヤイノヤイノ言いながら、酒を酌み交わせる仲間が、この年になってからできたっていうのが、高い学費を払って、仕事ほっぽって、学校に通った最大の収穫っていうのもどうよw なーんてことを、焼き鳥片手に、ヤイノヤイノやってきました。というお話。

おしまい。

 


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