リモワ(リモートワーク)について

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ビザインでは創業時、私が一人で始めた当初から今に至るまで、基本的にリモートワーク(以下、「リモワ」とス。)でやってきました。現在も商品撮影や商談などあればショウルームでやりますが、基本的に「必要がなければ来なくていい」というスタイルです。
今、コロナ禍に際してリモワを始めた事業者さんも多いと思いますが、曲がりなりにも10年ちょっとリモワをやってきた者として、参考になるかどうかは分かりませんが、思うところを書き連ねてみます。

【新メンバーの合流が至難】
まずなによりも書いておきたいことは、新人さんの扱いについてです。最近リモワを始めた会社なら、「ああ、リモワも意外とイケるじゃん」と感じているかもしれません。なぜなら今まで何年も同じ釜の飯を食ってきた仲間と、お互い自宅でやりとりしているだけだからです。ところがここに得体の知れない新規メンバーを合流させようとなると、これが至難の業になります。
信頼関係がない、人間性が分からないなどという基本的な問題のさらに以前に、業務の引き継ぎやOJTが非常に困難です。例えば前職で「楽天に出店しているEC企業で受注処理していました」という人に、うちの楽天店の受注処理をしてもらうような、社外共通スキルを持っているようなケースであれば引き継ぎの情報量もそれほど多くはないでしょうから、それほど敷居は高くないかもしれません。しかしそんなドンピシャな人はそうそういるものではありませんからSKYPEやZOOMで細かな実務、システム、社内慣行、運営方針などを1つずつ教えていくのは、不可能ではないですが、本当に時間と手間がかかります。なので弊社では入社して始めの1か月くらいは私の隣に座ってもらって、やって見せて、OJTしてリモワをテイクオフさせてきました。これはこれから難しくなるかもしれませんね。

【リモワこそコミュニケーションの質と量が重要】
リモワにおいて、通常のコミュニケーションはLINEやメールなどのテキストで行われることが多くなると思いますが、同じ室内にいれば伝わる顔色や雰囲気などが全くないため、伝達できる情報量がものすごく細ります。会社を辞める一番の理由は「人間関係」だったりしますが、効率的な業務を行うため、余計な摩擦を起こさないためには円滑な人間関係が非常に非常に重要です。なので、ちょっとややこしい内容かなと思ったら、すぐに気軽に電話なりLINEなどの音声通話をかけられる人間関係は必須です。
コミュ障な人ほど、「リモワは人に会わないで済むから気が楽だろう」と思うかもしれませんが、「仕事を進める」、「メンバーとうまくやる」、「会社を辞めない、辞めさせない」ためにはリモワこそコミュニケーションの質と量が重要になります。言い方を変えれば、「コミュ障には務まらないのがリモワ」とも言えます。そのために、弊社では事あるごとに飲みの席を設けるなど、なるべく会う機会を作ってきました。これも今後は難しくなってくるでしょうね。

【100%アウトプットの質と量で判断するしかない】
リモワでは、基本的に出勤体制において「サボり」とされる行為が簡単に出来てしまいます。昼寝する、漫画読む、テレビ見る、ETC.。Facebookのタイムラインにもパソコンの隣りでテレビを付けていたり、外出したり、初めての自宅勤務を堪能してるなwという時折投稿を見かけますが、まあそうなるだろうなとは思います。もちろんオフィスにいるとの全く同じ態度で仕事に臨める人も1割2割はいるかもしれませんが、私を含めて自分を律することのできる人間などそういるものではありません。なので、リモワはそういう勤務態度も取り得ることを前提に業務を設計しなければなりません。
弊社は私以外は全員が「子持ち主婦」なので、「急に子供が帰ってきて、お母さん腹減ったー!」とか「急に雨が降ってきたから洗濯物を取り込まなきゃ」とか、「そういうのはしていいからね」ということにしています。ただ、タイムカードが15分刻みなので、15分を超えるような私用ならタイムカードは一旦切ること、としてますが、本当はそれすらしてるかどうか、こちらには分かりようもありません。がんばっていようと、サボっていようと、物理的に分かりようがないのです。分からないことを「信じる」のは合理的な態度とは言えませんから、なにで判断するかというと、その人のアウトプットで測るよりほかないわけです。

「今日はこれとこれやろうね」、「今週中にこれお願いね」というような、こちらの期待する個人個人のタスクがどれくらいの品質でどれくらいこなせているか。やれていれば「やってるな」となりますし、やれてなければ「やれてないな」とするしかありません。「やれてない」のは能力がないか、サボっているかのどちらかになるわけですが、「能力がない」中には「適正がない」というケースもあるでしょうから、違う業務をやらせてみて、どれをやらせてもダメなら「本当に能力がない」か「サボっている」と判断するしか、ありませんよね。
これはお国の政策とも関連しますが、安倍政権の目指す「解雇しやすい制度」はリモワの普及とセットになると思います。リモワの場合、サボる人材のアウトプットの最低値は出勤スタイルのそれよりも、圧倒的に下がります。そのためサボりがちで且つ能無しというような、どうしようもないタイプの人間をいつまでも抱えていると、会社にとって致命傷になりかねません。ダメならクビ、ダメなら減給、やれてれば昇給。給与体系や雇用の安定性もとても柔軟なものになっていくでしょう。
考えてみれば、リモワは外回りで直行直帰の営業スタイルと似ています。営業は「数字が全て」のようにアウトプットで評価がされますよね。内勤だった業務もそれと同じになるというだけのことなのかもしれません。

【コミュニケーションへのレスポンス(の速さ)】
同じ室内にいれば「ちょっとトイレに行ってきます」と言わなくとも周りの人には分かりますし、「ちょっと郵便局に行ってきます」ならおそらく誰かに言って出てきますよね。リモワはこれがないので、LINEやメールなどのレスポンスが悪い、電話になかなか出ない、ようなのが続くと、これまた「サボってんじゃないか」という疑念を生みます。なので「呼んだらすぐ返事」というルールは必須です。電話や別の仕事で取り込んでいるなら「5分待って」でもいいので、とりあえず返事はする。返事がなければ解雇。サボってる以外に「5分待って」が打てない理由はなかなか思いつきませんから。これは大前提としてルール化して良いと思います。

【素性の全く知れない人とのリモワは難しい(不可能)】
結論になりますが、弊社はこれまで全て縁故で採用しています。仕事ができるできない、サボるサボらないの前に、個人情報や社外秘の情報を含むパソコン1台まるごと預けるわけですから、前提条件としてある程度、誰かが保証できるレベルの人物しか怖くて雇えないという現実が1つ。
最初からサボるかどうかを疑わなければならないのは本来不要な手間(コスト)がかかりますから、「ああ、この子なら例え見られてなくてもしっかりやってくれるに違いない」と信頼できるところからスタートできる人物しか声をかけない、というのが1つ。
疑念や不満が生じた時、それを溜め込んでしまうとお互いに解雇か退職かというところまで行ってしまいますので、その手前の段階で、いつでもざっくばらんにそれを伝え合える人間関係が(私と)あるかどうか。

ネットで見聞きするところによると、カメラを回しっぱなしでお互いに顔が見れる(監視できる)ようなリモワをやっている会社もあるようですが、どうなんでしょうね。女性は特にスッピンや自宅を見られたくないという気持ちも強いと思いますが、同じ空間で働いているかのような疑似環境を作って、実際には自宅だよ、というのも1つの解ではあるのかもしれません。
とりあえず今の段階ではカメラは切ってやってもらってますが、逆に言うと、カメラを回しっぱなしにしてずっと顔が見えていて、トイレも行かず、お菓子も食べすにがんばっているように見えても、アウトプットが低ければダメなわけですし、監視されていてもお構いなしにダラダラしていたとしても、アウトプットを期待値以上に出しているのであれば、それで良いわけです。要するにアウトプットですね。そういう意味で、リモワ時代は評価される側も、努力や潜在的な能力が評価されない、されにくい非常に非情なものになると思いますし、評価する側もアウトプットの期待値を正確に設定できるだけの業務に精通している必要が高まりますから、窓を背にして座ってるだけの上司の席はなくなっていくのでしょう。

アフターコロナの人間関係、信頼関係、果たして人類はうまくやっていけるのでしょうか。
モニター越しのオンライン飲み会?あれで新規の人間関係築けるようになっていくのでしょうか。
少なくともリモワに向いているタイプと向いてないタイプがいて、向いていないタイプが人生に迷うというようなシーンは出てきそうです。


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今こそ、令和の金融円滑化法を。

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内閣総理大臣安倍晋三殿。

漸くコロナ禍の終息も見えてきて、社会の関心は経済の維持に移ってきているように思います。しかしまだ、政策的な営業自粛を解いたとしても、市井の人々の感染への警戒感から、巷の店々の売上、経営状況が改善するとは思えません。ここから数ヶ月かけて、企業の倒産や閉店が相次ぐことでしょう。特に何十年、何百年と続けてきたような老舗の閉店は、日本の社会や文化にとっても、取り戻すことのできない大きな損失になります。

ある程度のスパンで「アフターコロナスタイル」に移行していくこと自体は、健全でありますし、企業側も対応できる、していかなければならない部分がありますが、あまりにも急激な変化は各所で破綻を引き起こします。言うまでもなく倒産や破綻はキャッシュフローのショートによって引き起こされるわけですが、営業収入というキャッシュインが途絶えた状況で、ただただ店舗のキャッシュが流出しているのが大きく「家賃」と「返済」であります。

「家賃」については「賃料減免・猶予なら税や社会保険料1年間猶予」という動きもあるようですが、これしきの餌では「利回り」だけが判断基準という世間の不動産オーナーたちが積極的に活用したくなるほどの魅力があるとは到底思えません。もちろん中には善意から動くオーナーもいれば、こんな人間もいるわけで、「家賃支払いが今まさに商店主たちに閉店の決断を迫っているのだ」という危機意識を持って、政府の関与を期待したいところであります。

もちろん、資金借入によって事業として不動産を取得しているオーナーは、「店子に猶予を与えたくても、こちらにも返済が」と言うことでしょう。つまり大元は「借入金の返済」なのです。これだけ社会のお金の流れが滞っている状況で、「返済」というフローだけが順調に流れている。政府や自治体が社会の隅々までキャッシュを供給するのに必死な一方で、実は莫大なキャッシュが金融機関、引いては日銀に吸い上げられている。バカらしいとは思いませんか。

金額的には焼け石に水とも揶揄する声もありますが、関係各所が100万、200万程度の持続化給付金を、毎日猛烈な忙しさの中で支給に向けて作業している一方で、それらのおカネはなにも食うために使われるでもない、閉めたままの店舗の家賃や、借入金の返済のために支出され、引いては国庫に還流してしまっているのです。
大怪我をして傷から血がどくどくと流れ出ている人に対して、傷の手当もしないままじゃぶじゃぶと輸血する。バカバカしいとは思いませんか。

金融庁、中小企業金融円滑化法の枠組みを事実上復活へ」という話もありますが、政府のPRは全く不足しているし、緊急貸出などの対応に追われる金融機関も、十分動けていないのだと思います。今、企業が閉店や廃業の決断をするかどうかという瀬戸際において、勝手に不払い、踏み倒したり、それこそ倒産して不良債権化するよりも、制度として一旦、返済のフローを止めて、市中にキャッシュを滞留させる方が良い。

また金融円滑化法は、亀井氏現役時代の実力もさることながら、僅か一ヶ月で成立した時限立法であったことも、今回、スピード感を持って活用できる可能性が高い政策になると確信します。今はなによりもまず企業側の出血(キャッシュアウト)を止め、老舗の灯を消させないことこそ最重要な課題であるはずです。モラルハザードの懸念や新生活スタイルの考案や導入はその後でいい。なによりもここ数ヶ月の資金(=キャッシュ)が運命の分かれ道になっているのだと思うのです。

さらに、「返済の猶予」はなによりも政策として政府の財政を毀損しない点も、財務省や抵抗するであろう勢力の理解が得られやすいのではないでしょうか。給付金などを小出しにするよりシンプルです。

2月時点で中国からの入国を差し止められなかったことに始まり、「マスク2枚」や「給付の進まぬ給付金」など、これまであなたの政権のやってきたことは効果がなかったというよりも、ほとんどなにもしてこなかったに等しい、と私は感じています。
欧米のような悲劇的な蔓延が起こらなかったのも、たまたま我々日本人にうがい、手洗い、マスクという戦前からの習慣があり、同調圧力が高めの社会で自粛がうまく行ったからであり、幸運だったとしか言いようがありません。しかしここから先、明らかに停滞するだろう経済を、崩壊にまで至らずに食い止められるかどうかが政権の通信簿を決める残されたチャンスだと思います。

日本史上最長の政権として、最後の最後に、豪腕と言われようがモラルハザードを引き起こすと言われようが、国民皆が驚嘆するような実のあるしっかりとした政策を夏までに打ち、見事な花道を飾っていただきたい。このままでは宿願の憲法改正も覚束ないことは自明です。
ちなみに弊社は創業まもなくという頃に、平成の金融円滑化法でなんとか生き延びることができ、今のところではありますが、今回の持続化給付金は申請せずに済みそうな一零細企業であります。「倒産予備軍みたいな企業を延命するだけ」という批判は、この身を持って「それだけではない」と断言いたします。

以上、ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。

 


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アフターコロナ(AC)のキーワード、それは、、、ヒミツです。

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さて、すっかり年イチ更新が板についてしまいましたが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。後之先です。サボっている間に世間はこれまた大変な事態に陥ってしまいましたというか、大変な事態にならないと書く気にならんのだろ、と思われるかもしれませんが、その通りです。

後之先ですから、医療や政治の問題はさておき、商売の話をいたしましょう。商いを営む者として、一番同情してしまうのは、これまで準備に準備を重ねてきて、ちょうどこの3月4月にお店を出した、出す予定だったという新規経営者の方々に対してです。
先日も、近隣にできたらしい飲食店のチラシが「4月1日オープン!」みたいな見出しで入っておりまして、その方の不安や失望を想像するだけで、まじめに居た堪れない気持ちになってしまいました。ほんとにもう言葉も出ない。運も実力の内。努力に努力を重ねても、「運」が最大級の変数であるのもまた真理です。

飲食に限らず、人気(ひとけ)の消えた街を歩けば、シャッター、シャッター、またシャッター。欧米に比べればまだマシではあるというものの、まさしく「経済が止まっている」のを実感します。
しかし小売業の中でも、不要不急な商品を扱う店舗は閑古鳥からの倒産危機、一方でメディカル、ヘルス関連として賑わいを見せるドラッグストアや、今後間違いなく訪れるであろう景気低迷による消費者の購買力低下を見越した100円ショップなどの株価はコロナ以前より上げている銘柄もあるという具合で二分化しています。

この差は一体なんなんでしょうか。当然、こんな中国発の凶悪ウィルスで全世界が凍りつくことなど、世界のほとんどの人は予想だにしていなかったわけで、ドラッグや100円ショップを「たまたま」やっていた人は「ラッキーだった」に過ぎません。
また、飲食店をもう20年くらいやっていて、少しは資金も貯まってきて、数ヶ月なら耐えられそうだという「ラッキー」な人もいれば、20年コツコツ貯めてきたお金を全部叩いて、漸く自分の店をオープンしたばかりという「アンラッキー」な人もいるでしょう。

1995年には神戸がやられ、2007年には三陸がやられた。ほぼ10年に一度、悲劇は起こっています。しかしいつ、どこの誰がやられるかは神のみぞ知るところ。ですが、経営者たる者、ただ黙ってラッキー/アンラッキーに身を委ねるわけにもいきません。「努力」は比較的回収確度の高い変数なのですから。
ぼちぼち「アフターコロナ」という話が出てきていますが、「人類は常識を変える」などとも言われています。私を含めこの後、コロナ危機を乗り越えた経営者、またその従業員の皆さんは、かつて日本中に、当たり前のようにいた切符切りの駅員さんや公衆電話の修理屋さんになってはならない。

そこで、アフターコロナ、人々の常識が変わった後の世界を少し考えてみましょう。どういう商売なら食えるのか。どういう商売なら、よりリスクが少なく、生き延びる可能性が高いのか。一つ、確実に言えそうなのは、「3密は避けろ」ということ、つまり「避密」、「非密」です。(デデーン)
あんだよ、そんなことかよと、一笑に付す勿れ。我々が集団免疫を獲得し、武漢ウィルスが悪性インフルエンザの一種程度として定着した後も、人々の「3密」への恐怖心は早々消えることはないでしょう。そして、共産中国が同じような管理水準で生物兵器開発を続ける限り、このような漏洩事故、もしくは戦略的拡散は必ずまた起こり得ます。次のコロナでまた「こんなはずでは」などと泣き言を言ってる経営者がいるとすれば、それはもう阿呆としか言いようがありません。一度目は事故、二度目は自己責任です。

また、「避密」は他のリスク対策にも有効です。北朝鮮が新宿(都庁)に一発ブチ込んだら、中国がもっと凶悪なウィルスを東京都心部でバラ撒いたら、直下型地震が起こったら、富士山が噴火したら、、、ほとんど日本は終わりという事態に陥ることは自明ですから、資源の集中は避けた方が良い。
嘗て石原慎太郎都知事が「首都移転」をひっくり返してから、日本は再び東京一極集中へと進み、過疎地を切り捨て、スマートシティの名の下に、効率的な都市集中を目指してきたわけですが、もちろんこれは「平時」の効率性を追求する発想です。だのに、政治家も霞が関のエリートたちも、誰一人として「有事」への備えを口にして来なかった。まあそれはいい。過ぎたことです。しかし、今は有事になりました。今後、米中は冷戦へと進み、最悪のケース、戦闘、戦争さえも起こり得ると考えなければならない。やはり、最終的に、支配したい中国共産党と支配されたくない人類とは共存できないと思うのです。

因って、今後は「密」に対する「散」、「集中」への反省としての「分散」が、政治経済を通して進むと信じたい。都心部のバカ高い賃料も、高高度の商業集積を前提としたものですが、誰がこの閑散とした銀座や新宿のド真ん中に、クソ高い家賃を払って店を構えようと思うでしょうか。
否、そもそももう人は集積しないかもしれません。勤務体系もリモート化が進んだり、企業のオフィスも近郊や地方へ移転して、通勤旅客が減少し、買い物はネットで済ませ、たまの外食は空いてる地元の店に行く。だって、隣の客と肘が当たるような昭和な居酒屋で、ツバを飛ばしあいながらみんな大声でワイワイやるとか、例えコロナがひとまず下火になったとしても、まだ行きたいと思います?

さらに営業時間の観点からも分散は再び進むことでしょう。なぜなら顧客が「空いている空間」を好むから。小池都知事が夜間営業の自粛を求めた結果、昼間の混雑が激化したという件も、「(空間的な)密を避けろ」と言いつつ「(時間的な)密」を後押しするという馬鹿げた話で、「密」は総体として分散させなければ意味を為しません。私の経験上、リモートワークが進めば、必ず深夜帯に活動する人が増えます。哺乳類の原初的形質でもある夜型の人間というのが一定数いるものです。

実は、かつて「時空的な分散」で国家を再構築しようとした政治家がいます。田中角栄っていうんですけど、知ってますか。(笑) この「日本列島改造論」。私は昭和の話が大好物でして、もうかれこれ30年くらい前ですか、社会人になった頃読んだのですが、今読み返してみても、示唆に富み、説得力ある部分が多分にあります。逆に言えば、日本は角さんの敷いた高度成長路線が潰えた後、ひたすらその逆コースを30年邁進してきたとも言えます。角さんの偉人伝や解説本は多々あれど、やはり本人の著した原典に当たるのが最良です。もしまだという方いましたら、この機会に、ぜひ。


日本列島改造論 – 日刊工業新聞社 (1972)


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